「歴史の通り道」をたずねる旅 5.掛川城とその周辺


ホテル
−(10分)→
三ケ日IC
−(45分)→
掛川IC
−(15分)→
掛川城
−(20分)→
           
120分
 
日坂宿
−(20分)→
旧東海道
・小夜の中山峠
−(20分)→
夜泣き石
−(30分)→
掛川IC
 
20分
 
50分
 
20分
     

()内の時間はお車でのおおよその移動時間。施設名下の時間はおおよその見学所要時間


掛川城

一豊が長浜城の次に赴任した土地が掛川です。そして、関が原の戦いで勲功を立て土佐20万石の大大名になるまで10年間住んだところです。詳しくは『支配人日記』をお読みください。
本格的木造の復元天守閣。御殿は国の重要文化財です。『掛川館』には、大河ドラマで使用された衣装や小道具の展示や映像で一豊と千代を紹介しています。
二の丸美術館には、近代工芸品や日本画の展示がされています。

日坂宿

東海道53次25番目の宿場。小夜の中山峠を下ったところ。本陣跡、旅籠屋(萬屋、川坂屋)の建物が残っています。

小夜の中山峠
夜泣き石

東海道三大難所のひとつといわれたところです。西行法師をはじめ万葉歌碑が路傍にあちこち見かけられます。掛川城主時代に家康を出迎え、お茶の接待をしたところでもあります。
途中に、夜泣石跡、妊婦の墓、小夜鹿一里塚もあります。ゆっくり、お茶畑を見ながら、歌碑に目をやり、夜泣石伝説を思い歩く興趣は楽しいです。
乗用車がやっとすれ違える狭い道路、両側は一面のお茶畑、谷と平地を隔てて、山の峰の展望が素敵です。
夜泣石伝説は、臨月に近い婦人が石にもたれて休んでいるところを、後ろから山賊に刀で殺された。幸いお腹の子は助かり、近くの住職が助け、米と麦芽の汁で赤ちゃんを育てた。殺された婦人の恨みか、夜になると殺されたあたりから泣き声が聞こえ、旅人が怖れるようになる。弘法大師がそのことを聞き、読経をして婦人の霊を慰めたところ、その後泣き声は聞こえなくなった、ということです。


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